中東問題研究家 尾崎芙紀さんの講演(その2)

激動する中東情勢を考える
──「アラブの春」の現状と展望(その2)

[Ⅱ]各国の現状をどう見るか

(1)各国の到達点

 この2年間、10近いアラブ諸国で議会選挙がおこなわれた。内実を伴わない場合も多いが、政府が市民の声を無視できない状況が生まれている。

 アラビア湾(ペルシャ湾)岸諸国やヨルダン、モロッコなどの王政諸国でも、生活苦を訴え、政治改革や議会の権限強化を求め、王族や閣僚の汚職を批判するデモが行われている。ヨルダンでは王政を批判する声まであがった。3月にはクウェートで野党グループが、抗議行動を活性化させるために、イスラム主義者や労働者、学生を含む広範な野党連合を結成、民主的な複数政党制を要求した。これまで見られなかった動きである。

 エジプトでは、2012年6月の大統領選挙で、ムスリム同胞団を母体とする自由公正党のモルシ氏が勝利した。モルシ大統領は「私はすべてのエジプト人の代表になる」と宣言したが、国論を二分する暴挙に出た。一つは、大統領権限を大幅に強化する大統領令の発布、いま一つは十分な議論もなく早急な憲法国民投票を行ったことである。これに対して「新たなファラオと化した」などと新政権の独裁化を懸念する声があがり、ムバラク大統領を退陣に追い込んだカイロのタハリール(解放)広場をはじめ、全土で数十万におよぶ人々が街路に繰り出した。憲法国民投票は強行されたが、抗議の声のまえに大統領の権限強化宣言は撤回された。

 チュニジアでは、2011年10月の制憲議会選挙で上位3党、イスラム主義政党と世俗政党による連立政権が発足した。憲法制定のプロセスでは「国家と宗教の関係」「女性の地位」「報道の自由」など、チュニジアの議論は他のアラブ諸国に先んじている。「女性は男性の補完的な存在」という文言は女性団体などが強く反発して取り下げられた。
 
 政治の混乱と経済の悪化に国民の不満は高まり、政府は労組と労働条件などを定める社会協定を締結した。2013年2月、野党幹部の暗殺事件が発生、大規模な抗議デモが起こった。その混乱のなか、内相、外相など半数のポストを無所属が占める新内閣が成立している。

 イラクでは米軍の「完全撤退」1周年を迎えたが、爆弾テロや銃撃が荒れ狂っている。原油の増産をテコに経済は一見活況を呈し、外資の参入ラッシュは続いているが、政治には腐敗がはびこり、アメリカの置き土産というべき宗派対立は激化している。失業率は25%と高止まり。宗派主義的、独裁的手法を強めるマリキ首相に対して、昨年末には退陣を求める過去最大数十万人のデモが中部ファルージャやラマディ、北部のクルド地域で起きた。ラマディのデモでは、イラク版「アラブの春」を呼びかける声も聞こえた。

 外部勢力の介入で政権が倒れたイラクと、試行錯誤しながらも民主的な国づくりに前進している国々を取材した、小泉大介「赤旗」カイロ特派員の思いを紹介する(雑誌『月刊学習』2012年2月号)。

 「外国軍の武力による政治体制転覆の誤りを考えずにはいられない。チュニジア、エジプトと、人民自らの力で独裁政権を倒し、試行錯誤を繰り返しながらも新たな国づくりに乗り出している。(…)エジプトの人民議会選挙で投票した多くの人たちが「いま私は、エジプト人であることを誇りに思う」と語った。それを聞くたびに、イラクの人々のことを思わずにはいられなかった」

(2)運動の到達点をどう見るか

 試行錯誤しながらも、運動は新しい段階に進んでいる。現地の活動家や研究者の議論からいくつか紹介したい。
 
 今年3月に外務省などが主催した国際シンポジウムに参加した学者たちの発言では「国民は自分たちが物事を変えることができることを知った」「各国ごとに到達点は異なるが、政府が国民世論を無視できなくなった」「対外政策、とくにパレスチナ問題で国民は発言する権利をもつようになった」「エジプトは完全には変わっていない。しかし時間はかかるが、政治組織も選出された議会もある。対立があるのは当たり前。前進は止まらない」などが印象的だった。

 ベイルート・アメリカン大学のラミ・ホーリ公共政策・国際問題研究所所長は、「デモが起こらなかった国々を含め、アラブ各地で憲法修正を求める運動が起こっている。強権的な支配者を倒すより重要なことだ。法の支配が貫徹する社会を市民が望んでいることが示されているからだ」と、レバノンの「デイリー・スター」紙に書いている。

 レバノン内戦時に、幅広い統一戦線組織「レバノン国民運動」で活動した元レバノン大学教授のマスード・ダーヘル氏は、昨年12月来日したとき、「短期に失敗か成功かの問題ではない。運動を続ければ変化は起きる。たくさん問題があるというが、それがあるからこそ前進する」「これは宗派主義を克服し、民主主義と市民の権利を求める運動だ」と述べている。

 エジプトの野党統一戦線の共同創設者のサバヒ氏は、「革命はまだ途上にある」と述べている。タハリール広場に集まった若者たちも、「革命は続いているぞ!」「暮らしも政治もよくなっていない。あきらめずに運動をつづけなければ。それに加われるのが私の誇り」と訴えている(2012年11月25日付「しんぶん赤旗」)
 今年1月東京で開かれた国際ワークショップで、パレスチナ人研究者倭リード・サーレム氏は「民主主義への道は複雑で時間がかかる。フランス革命だってそうだった。1789年の革命から女性の参政権が認められる1944年まで155年かかった」と述べている。

 これらの発言を聞いて感じることは、「複雑な現実をしっかり認識することの大切さ」とともに、「運動を続ければ、時間はかかっても、民主主義と市民の権利を求める運動は前進する」ということだ。さらにその認識にたって、事態を見ていくことの大切さである。

[Ⅲ]中東の国際関係における構造的変化

(1)パレスチナ問題に見るアメリカの影響力の低下

 「アラブの春」がパレスチナ問題に及ぼした影響を見てみよう。

 《エジプトや近隣諸国の変化》 昨年11月中旬、イスラエル軍の一方的な空爆で始まったガザ危機は、各国の働きかけがじつって1週間で停戦に至ったが、アラブ諸国の指導者らの活発な外交活動に比べて、アメリカの影は薄かった。近隣諸国の指導者らは「われわれは傍観していた昨日までと違う」と述べた。アフガン、イラク戦争の失敗、経済的地位の低下など、米国はもはやかつての超大国ではない。

 併せて、30年以上にわたってイスラエルに次ぐアメリカの中東戦略の柱だったエジプトのムバラク政権が崩壊し、1979年以来の米戦略の構造に大きな変化が起こっている。1979年とは、エジプトがイスラエルとの単独和平を結んだ年、そしてペルシャ湾におけるアメリカの代理人イランのパーレビ国王が広範な国民の運動で倒された年だ。以来、エジプトはイランに代わって、アメリカの中東戦略のお先棒を担いできた。政変後のエジプト新外相が「イスラエルと協力してガザを閉じ込めてきたのは恥辱」という発言をした。

 《問題解決の場は国連に》 米国の影響力が低下するなか、パレスチナ問題は国連の枠組みでの解決に向けて動きつつある。米国とイスラエルはこれまでかたくなに国連主導の国際会議に反対しきた。1993年のオスロ合意以降、「中東和平交渉」はアメリカを唯一の仲介者として進められてきたが、イスラエルは交渉しながら、占領地に国際法違反の入植地を次々に建設、オスロ合意の8年間で157カ所から200カ所に、入植者数を27.5万人から400000人にまで増やした。国連の最新の報告書(本年1月)によるとその数は今や250カ所、入植者数は520000人に上っている。

 こうしたなか、パレスチナ人たちは2011年9月、アメリカの圧力にもかかわらず、国家としての正式加盟を国連に申請した。アメリカの妨害によって国家としての国連加盟はできなかったが、国連教育科学文化機関(ユネスコ)への加盟は、同総会で賛成107体反対14の圧倒的多数で承認された。翌2012年11月、パレスチナ人たちは再び国連に対し、現在の「投票権なしのオブザーバー組織」から「投票権なしのオブザーバー国家」への格上げを求める決議案を提出、国連総会は賛成138(日本を含む)、反対9の圧倒的賛成多数で決議を採択した。注目されるのが欧州諸国の態度の変化だ。

 2011年、パレスチナがユネスコへの加盟を申請したとき、反対票あるいは棄権票を投じた欧州諸国のなかで、今回賛成あるいは棄権に態度を変えたのはイタリア、デンマーク、スイス、オランダ、スウェーデンなど9カ国だ。

(2)米の「アジア重視戦略」のなかの中東

 2011年末、イラク居残り工作も功を奏さず、アメリカはイラクから「全面撤退」、さらにアフガン戦争の「収束」も視野に、アジア重視に軸足を移すという方針を発表した。しかし、オバマ政権のこの「アジア重視」は、中東から太平洋地域への軍事力の単純な移転ではないことが、その後の動きでわかる。

 クリントン米国務長官は最初の訪問をアジア諸国から始めた。しかし、ケリー新国務長官は、ヨーロッパと中東の歴訪から始めている。また、アラビア湾岸地域への米軍の派遣は途切れなく続いている。アメリカの2011年の武器売却総額は、過去最高の5兆2400億円で、全世界の契約総額の78%を占めている。そのうち、イランの脅威を口実に、湾岸諸国は上位を占め、なかでもサウジアラビアは、米国の売却総額のほぼ半分を占めている。

 アメリカは、中東のエネルギー資源を守るために軍の駐留を維持してきたが、アメリカの大手石油会社の幹部は、将来中東石油への依存度が減ったとしても、中東の石油資源が世界経済の安定のカギを握っている事実は変わらないと述べている。

 湾岸諸国のどの国も自衛能力をもっておらず、自国の安全保障を完全にアメリカに依存してきた。米政権は、湾岸諸国の安全を守ると明言しており、必然的に同地域での市民弾圧を容認することになっている。その湾岸諸国でも、いま自由と政治参加を求める市民の声は日増しに強くなっており、各国政府は、早晩その現実に向き合わなければならなくなるだろう。
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by naraala | 2013-05-09 11:49 | 講演会
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