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4・24講演会

4・24 バンドン会議55周年
日本AALA55周年記念講演会
フリージャーナリストの西谷文和氏が講演


 日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(AALA)がよびかけて全国で開かれた表記の講演会の一環として、奈良県アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(ナラーラ)が主催した講演会が、奈良県文化会館多目的室で4月24日(土)午後2時から開かれました。
 「非同盟運動の源流『バンドン会議』から55周年 非同盟運動の歴史を学び アフガニスタン・イラクの最新情報を聞き オバマの戦争を考える講演会」と題して開かれた会場には、予定を越えて37人が参加、会場の椅子を追加しなければならない盛況となりました。若い人の姿も見受けられて、よい雰囲気の講演会となりました。
 フリージャーナリストで「イラクの子どもを救う会」代表の西谷文和氏が、自ら撮影し製作したDVDを上映しながら、約2時間の講演をしました。西谷氏は、昨年の6月、10月、そして今年の1月に直接アフガニスタンに入り、取材を重ねてこられました。その取材で明らかになった映像も交えながら、アフガン戦争の経緯をアフガニスタンの独立以来の歴史も振り返りながら米ソの思惑や周辺国の暗躍なども含めて説明されました。
 そのなかで、9・11以後のアメリカによる攻撃がどういう意味を持っていたのか、オバマ大統領になっても米軍の増派が続いている実態も踏まえて、戦争のそもそもの原因を解明されました。なかでも「戦争はウソ、でっち上げで始まる場合が多い」ということをアメリカや日本のマスメディアを使っての情報操作の事実も示して解明されました。
 そして、その戦争の隠されている目的について、武器と石油の取引、中東に軍事基地を置いて封じ込めをねらう策略、戦争の民営化によるぼろ儲けなどを、数字も示しての説明に、参加者からも「よく理解できた」という感想が寄せられました。
 講演会では、宮城恭子理事長がバンドン精神についてあいさつのなかでふれ、最後に真下均事務局長がナラーラへの入会を呼びかけました。
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by naraala | 2010-04-29 09:23 | 最新のお知らせ

歴史偽造の一例――ウォーナー伝説について

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 尾崎 義美
3月20日、ナラーラ総会で中塚明奈良女子大名誉教授の講演を聞いた。講演は、「韓国併合」についての話であったが、そのなかで、時の政府や支配者が歴史的事実を偽ったりウソをついたりして、国民に間違った歴史認識を植え付けてきた例(歴史の偽造といってもよい)をいくつか紹介された。

ウォーナー伝説とは
私はいま、法隆寺でボランティアガイドをしているが、法隆寺や奈良と関係の深い話として、「さきの太平洋戦争中、アメリカ政府や軍はウォーナー博士の進言に基づいて、京都、奈良、鎌倉などを空襲せず、日本の貴重な文化財を守った」というものがある。これがウォーナー伝説といわれるものである。
この話は、敗戦(1945年)直後から1990年代まで日本全体に広く流布され、いまも信じている人は少なくない。法隆寺をはじめ全国6か所にウォーナー感謝記念碑が建てられている(法隆寺では境内西の端に「ウォーナー塔」という石塔がある。写真参照)。
私は2年ほど前、鎌倉の友人を訪ねた際、鎌倉駅西口にあるウォーナー記念碑の前で、現地の観光ガイドが「ここに『文化は戦争に優先する』と刻まれています。このウォーナー博士の努力で、アメリカは鎌倉に爆弾を投下せず、古都が戦禍からまぬがれたのです。鎌倉市民と文化財の恩人です」と案内しているのを聞いて驚いたことがある。

歴史の真実はどうだったか
まず結論からいうと、この話は、アメリカ占領軍(GHQ)の対日政策のために作られたウソであり、当時の朝日新聞(1945年11月11日)などによって広められた「つくられた美談」であった。   
1994年になって、アメリカは戦争中の機密文書を公開したが(この点ではさすがアメリカだと思う)、その資料を吉田守男大阪樟蔭女子大教授が分析・研究した結果を論文にまとめて発表した。それによると、ウォーナー氏の功績とされてきたことは、事実でなかったことがはっきりした。
論文によると、古都が空襲に遭わなかったのは、京都は原爆投下目標都市であったから通常の空襲は禁止されており、奈良・鎌倉は小都市であり軍事施設が少ないため爆撃の順番が遅いほうにリストアップされ、実行前に日本が降伏したからである、と述べられている。この吉田氏の研究に対する有力な反論がないので、近年は、この説のほうが正しいとされている。
吉田教授は研究の内容を「日本の古都はなぜ空襲を免れたか」という文庫本(朝日文庫)に出している。このほか神奈川歴教協が編集した「神奈川の戦争遺跡」、鈴木良氏編の「奈良県の百年」という書物にもウォーナー関連の記述がある。
以下は、これらの書物を読んでの私の概括的なまとめである。
(1)ウォーナー博士(ランドン・ウォーナー1881~1955)は、戦前、岡倉天心のもと
日本美術を、奈良では仏教彫刻を学び、ハーバード大学付属美術館の東洋部長になった人。太平洋戦争中に日本の文化財の一覧表(ウォーナーリスト)を作成したのは事実であるが、それは文化財保護の目的ではなく、戦争が終わったあと、日本が諸外国から略奪した文化財の返還が必要になった時、その損害に見合う等価値の文化財の基礎資料として、リストアップしたといわれている。
(2)米軍が京都を爆撃しなかったのは原爆の投下を予定していたからであるが、アメリカは原爆投下候補地として、広島、京都、横浜、小倉、長崎を指定していた(このうち広島と京都がAA級)。これらの都市には一般爆撃が禁止されていた。指定されるまでは京都でも空襲があったし、奈良でも1945年5月、2回の空襲があった(だから文化財を守るため空襲をさけたというのは事実でない)。横浜は、あとで候補地をはずされたので空襲が行われた。
(3)原爆投下の実行段階になって、2番目の京都があとに回され、まず広島、ついで長崎に投下された。これは、当時のスチムソン陸軍長官が京都には日本人のふるさと意識がり、原爆投下すれば戦後日本がソ連側につくことを懸念して、延期させたからである。いわば政治的理由であって、決して文化財保護ではなかった。もし戦争が長引いておれば、京都にも原爆が落とされていたと推測されている。

なぜこんな「美談」が広められたのか
(1)第2次世界大戦直後の最大の国際問題は東西対立・米ソ冷戦であり、日本を米ソどちらの側にひきつけるかが大きな問題であった。日本を占領したアメリカは、軍国主義を否定するとともに、親米的な感情をつくり出すために意図的に作り出されたのが「ウォーナー伝説」であったと考えられる。
(2)1955年にウォーナーが死去すると、政府は勲二等瑞宝章(外国人への最高の栄誉)を授与。地方では奈良県議会がいち早く弔問決議(55年)。鎌倉では吉田茂元首相らが発起人となって追悼法要。その他各地で追悼行事が行われた。その結果、ウォーナー伝説は瞬く間に全国に広がっていった。ウォーナー顕彰碑も各地で作られた。製作順にあげると、法隆寺境内(1958)、安倍文殊院(59)、茨城大学五浦美術研究所敷地内(70)、京都霊山歴史館(70)、福島県湯川村(81)、鎌倉駅西口広場(1987)など。
(3)最後に、ウォーナー博士自身どういう態度をとっていたか。博士は最初から「自分が政府に、古都を爆撃しないよう働きかけたことは一度もない」といい続けてきた。すると、逆に謙遜していると思われ、ますますウォーナー恩人説が広がった。法隆寺のウォーナー塔の碑文にも「極めて謙虚な性格のため」とか「本人の否定にもかかわらず」とか書かれている。1974年に博士の孫娘が来日して、鎌倉の「博士の遺徳をしのぶ会」で挨拶したときも、祖父はずーと否定しつづけ、何の力にもなっていないと話していた、とのべている。
 ちょっと長くなったが、ウォーナー伝説は歴史の偽造の身近な例である。情報公開が国民に正しい歴史認識を持ってもらう上で非常に重要であることを示している。 
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by naraala | 2010-04-03 19:54 | 最新のお知らせ

ナラーラの2010年度の活動方針と役員体制など

奈良県アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(ナラーラ)
第八回総会開く
中塚明・奈良女子大学名誉教授が講演
活動の総括と方針、会計・監査報告を承認
新役員体制を決定


 奈良県アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会(ナラーラ)は、3月21日(土)午後2時から、さくら診療所で第八回総会をひらきました。
 第一部では、「韓国併合100年を考える講演会」が催され、中塚明・奈良女子大学名誉教授が、「韓国併合・その歴史を学ぶ------北東アジアの平和にむけて」と題して約一時間半にわたって講演されました。

 「韓国併合問題」を捉える視点を解明

 中塚先生は、「韓国併合」問題を「長いモノサシ」と「広い視野」で考える必要があることを中心に講演されました。
「長いモノサシ」とは、いまから100年前の1910年の併合の時点だけで見るべきでないこと。その35年前、1875年の日本海軍の江華島砲撃の時点から、すでに日本帝国は朝鮮=韓国に対する膨張主義のホコ先を向け、武力によって韓国の「開国」を迫った時点から始まっていることをしっかりととらえる必要があること。その上で「韓国併合」が 日本の軍事占領下で武力による威嚇のもとにおこなわれたこと。そして、それから35年後の1945年の帝国日本の敗北までの植民地支配の実態をしっかりとらえること。さらに、その時代に培われた、誤った古い「朝鮮観」が今日もなお受け継がれていることに思いを致す必要があることを強調されました。
 続いて「広い視野」で考えるということを中心に資料にもとづきながら講演されました。日本と韓国、日本と中国、日本とロシアというようにそれぞれの問題を個別に見るのではなく、19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、植民地の拡大を狙う列強=英、仏、露、独、米などの帝国主義諸国と、中国(清)、韓国=朝鮮、それに日本の関係を総合的に捉えて、それぞれの外交政策や戦略、その諸関係のなかで、「韓国併合」問題を見ていくことの重要性を懇切に話されました。
 資料として、1904~5年の日露戦争で、日露講和条約が締結された後、日本は、韓国に韓国統監府を設置、初代統監に伊藤博文が就任しました。その伊藤統監が1907年11月6日付で林董外務大臣に宛てた意見書「対外政策に関する伊藤韓国統監意見書」(外務省編纂『日本外交年表竝主要文書』上に所収)のコピーにもとづいて説明をくわえながら、英国政府の態度、ドイツの政略、日米の関係、満州問題などについて、伊藤の見解について説明されました。
さらに、アメリカは日露戦争での日本の勝利をどう見ていたのかを、金子堅太郎とセオドール・ルーズベルト大統領との会見始末にもとづいて説明、ルーズベルトが会談の当初から「主要な危険は、日本がうぬぼれて傲慢と侵略の全般的な経歴を辿りはしないかという点である」と問題を提起し、「傲慢と侵略の全般的な経歴」のなかには日清戦争当初の日本軍による韓国王宮の占領や、その後の韓国王妃=閔妃の殺害などがあることをアメリカは外交ファイルにしっかり入っていることを日本に示したことも明らかにされました。
講演の最後に中塚先生は「日本が過去に何をしてきたかをきちんと清算し、日本は中立でいくのだということを内外に宣言し、それを国際的に認めさせること、そうして初めて日本の独立はかちとることができる」ということを述べて講演をむすばれました。

活発に意見交換し「総括と方針」を確認

この後、第八回総会に移り、宮城恭子理事長が「長い歴史のなかでのAALAやナラーラの役割を自覚し、広い視野をもって、何をなすべきかを論議して活動していこう」とあいさつしました。
続いて、真下均事務局長が文書化された「2009年度活動の総括と2010年度活動方針案」にもとづいて提案、会計担当の上村啓子理事が「2009年度ナラーラ収支報告書」にもとづいて会計報告をおこないました。また、出席できなかった中村篤子会計監査の文書による監査報告を真下事務局長が読み上げ、これらの報告にもとづいて、出席者全員が発言するという活発な討論で意見を交換し、報告を全員一致で採択しました。
このあと、役員選出に移り、2010年度の新役員体制を決定しました。2009年度の理事のうち田中美智子理事が健康上の理由で退任し、新たに尾崎義美氏が理事に加わりました。

2010年度役員体制 
理事長    宮城恭子
事務局長真下 均
事務局次長  岡谷よし子 加藤東洋
理事井上清文 上村啓子 尾崎義美 北野重一 蔵元信子 中尾一郎 
西浦宏親 山崎直幸 山口英治
会計上村啓子
会計監査中村篤子



2010年度の活動方針

(1)活動の重点
①運動を発展させるためには組織の強化が必要です。日本AALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)のスローガンである「世界を知って連帯し、日本を変えよう」のもと、多くの人に組織拡大を訴えます。また中南和地域に会員拡大を働きかけます。
② アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国との連帯はAALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)だからこそできる活動。多くの諸国民との友好・交流を深めるとりくみを計画します。
③ 学習活動は大きな力。情勢に見合った内容を企画していきます。

(2)活動方針
・安保条約廃棄、在日米軍基地撤去の運動をすすめます。当面、普天間基地からの米海兵隊の無条件・即時撤退をはじめとした基地反対運動を支援します
・憲法九条を守る運動をすすめ、自衛隊の海外派兵に反対します
・核兵器廃絶をめざした運動をすすめます
・歴史的事実に基づき、アジア諸国民にたいする戦争責任と謝罪を日本政府に求めていきます
・アメリカの戦争と抑圧政策に反対します
・地球温暖化など環境破壊をくいとめるためのとりくみを国際連帯の立場ですすめます
・アジア・アフリカ・ラテンアメリカをはじめとする諸外国との友好・交流を深める取り組みに参加します
・目標や課題で一致する諸団体との協力・共同につとめます
・学習や講演会・文化的活動を重視した活動を行います
・時期をみながら、スタディ・ツアーに取り組めるよう努力していきます
・会員相互の交流を大切にします
・会員拡大に積極的に取り組み、当面70名を目標とします
・理事会の定例化を重視します
・ナラーラ・ニュース、HPの充実に努めます
・収益性のいい、楽しめる事業活動に取り組みます
・財政活動の健全化に努めます



  ★ 活動年間スケジュール


2010年 
 4月  4.24バンドン会議55周年記念学習会
 5月
 6月  ミニ学習会
 7月
 8月  納涼交流会
 9月
10月  AALA創立55周年記念講演会(東京)
11月  講演会
12月

2011年 
 1月  新年会
 2月
 3月  ナラーラ第9回定期総会
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by naraala | 2010-04-02 12:31 | 最新のお知らせ